このブログでは、紅茶にまつわる言説のファクトチェックの記事を2つ投稿してきましたが、今後も定期的にファクトチェックを続けていこうと思います。今日4月1日はエイプリルフールなので、もちろん今回の記事もファクトチェックです。
今回取り上げるのは、「摘みたて紅茶」という謎の表現です。紅茶専門店を検索していると稀に目に入ってくることがあり、特にモスフードサービスが運営する「マザーリーフ」というカフェが多用しています。「摘みたて紅茶と焼きたてワッフル」というキャッチコピーまで作るほどです。
しかし、冷静に考えると、この表現はいささか奇妙に聞こえます。というのも、「摘みたての紅茶」という字面だけでは形容矛盾になってしまうのです。
その理由は、紅茶の製造工程を思い出せば自ずとわかります。以前まとめた記事から紅茶の製造工程を引用してみましょう。
摘採(てきさい、plucking)
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萎凋(いちょう、withering)
↓
揉捻(じゅうねん、rolling)
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発酵(fermentation)
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乾燥(firing)
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区分(grading)
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配合(blending)
この製造工程のうち、茶葉が最初に「摘採」されてから紅茶になるまでには、少なくとも「乾燥」までの手順を踏まなければなりません。つまり、紅茶そのものを茶畑で摘んでくることは不可能なのですが、「摘みたて紅茶」の字面だけでは、文字どおりの「摘みたての紅茶」がこの世に存在するという誤解を招く恐れがあります。
とはいえ、冷静に考えればまったく意味の通じない表現を、大手のチェーン店がキャッチコピーにまで使うとは考えにくいので、本当はどんな意味を表そうとしているのかを検討してみます。その手がかりとしてマザーリーフのサイトを見てみると、同店で扱っている茶葉について次のような説明があります。
マザーリーフの一番のこだわりは、摘んでまもない新しい茶葉だけを使った紅茶が手軽にお楽しみいただけること。スリランカの茶園で摘みとられた葉っぱが紅茶になるまでの時間は、たったの14〜16時間。14時間前には畑に生えていた茶葉を紅茶にするため、製茶過程で酸化発酵させ、フルーティーな香りでほんのり甘く、青々しささえ感じられる新鮮な紅茶をつくります。新鮮ならではのキレのよい本物の味わいが口の中に広がる紅茶。とれたての野菜やフルーツを楽しむような感覚で味わえる、農作物としての紅茶。これが、マザーリーフがお届けする こだわりの紅茶です。
何が言いたいのかよくわからない部分もいくつかありますが、この文章の要旨は「マザーリーフでは、茶畑で摘まれてすぐの茶葉で作った紅茶を使用している」ということでしょう。つまり「摘みたて紅茶」という表現は、「摘みたて(の茶葉で作った)紅茶」を指していると考えられます。これなら確かに意味は通じます。
しかし、そもそもスリランカでは茶園が製茶工場の敷地内にあるケースが多く、規模の大きい茶園ではたいてい自前の製茶工場を所有しています。中には24時間稼働し続けている工場もある*1そうで、スリランカでは摘みたての茶葉で紅茶が作られるのは決して珍しいことではないのです。
たとえ紅茶に詳しくなくても、「紅茶そのものを茶畑で摘んでくることはできない」と知っている人は多いでしょう。しかし、茶園の状況や製茶工程の細かいところまでは知らない人のほうが大半です。そのような人たちの誤解を招く点で、上の文章は「摘みたて紅茶」という表現そのもの以上に厄介なのです。
このように「業界内では常識とされていることを、さも特別なことのように宣伝*2し、紅茶に詳しくない人のミスリードを誘う」という手法は、特に大手メーカーやブランド*3のマーケティングではよく見られます。明らかな虚偽や間違いというわけではないので、食品表示法などの違反には当たらないのだろうと思いますが、その分かえって悪質な手法であると言わざるを得ないでしょう。
こうしたミスリードに乗らないよう、紅茶に関するリテラシーを高めていくことも、このブログでは今後意識していきたいと思います。