ただの紅茶好きが紅茶について色々語ったり勉強したりするブログ

ただの紅茶好きが、紅茶について知っていることをお話ししたり、紅茶の本やレッスンで勉強したりするブログです。

ネパール紅茶の特徴とは? 産地別紅茶の研究(14)

日本で有名な紅茶の産地といえば、インドやスリランカなどが挙げられますが、近年はネパール産の紅茶が注目を集めつつあります。今回はネパール紅茶の特徴や、ネパールの紅茶産業について見ていきます。

 

ネパールの紅茶産業について

まずはネパールの位置を地図で確認してみましょう。

この地図からもわかるように、ネパールは中国とインドという2つの大国に挟まれており、ヒマラヤ山脈の麓に位置しています。面積は約15万平方キロメートル、人口は3,000万人ほどで、大雑把に言ってしまえば、広さも人口も日本の4割程度。決して大きな国とは言えません。

お茶の生産量も、日本と比べるとかなり少なくなっています。ネパール政府の国立茶・コーヒー開発局(National Tea & Coffee Development Board)のサイトによると、2020年度の茶の生産量は23,745,901kg、つまり約24,000トンだったそうです。日本の農林水産省が発表している統計では、2022年の荒茶生産量が全国で69,900トンだったので、ネパールの茶産業は日本と比べてもかなり規模が小さいことがわかります*1

しかし、規模が小さいからといって、茶の品質が低いとは限りません。ネパールの主な紅茶産地は、国土の東端にあるイラム地方と、その西にあるダンクタ地方の2つと言われていますが、この2つの地域には日本でも人気の高い茶園がいくつも存在しています。特にイラム地方は国境を挟んでインドのダージリン地方と接しており、地形や気候条件が似ているほか、ダージリンの茶園で働いていたネパール人が製茶技術を継承しているそうです。ネパール紅茶がダージリンに似ていると言われる理由はここにあるんですね。

なお、日本の紅茶専門店では、イラム地方やダンクタ地方で作られたオーソドックス製法の茶葉を目にする機会が多いです。一方、南部のタライ地方などではCTC製法の紅茶が生産されているそうですが、日本ではあまり流通していません。そのためこの記事では、イラム地方やダンクタ地方のオーソドックスタイプの茶葉を前提として話を進めていきます。

ダンクタ地方にあるグランセ茶園の秋摘み。茶園名の「グランセ」は、ネパールの国花であるシャクナゲにちなんでいるそうです。

ネパール南東部のジャパにあるレインボー茶園のCTCをミルクティーにしました。この茶葉はデコラージュで注文できます。

 

ネパール紅茶の歴史

そんなネパール紅茶ですが、実は意外と長い歴史があります。先ほど紹介した国立茶・コーヒー開発局のサイトのほか、複数の文献によると、ネパール紅茶の生産は1863年にイラム地方で始まったと考えて間違いなさそうです。インドのアッサムで紅茶生産が始まったのが1839年だったので、そこからわずか20年あまりで紅茶が作られ始めたことになります。

しかし、その後ネパールの紅茶産業は一時衰退してしまいます。国立茶・コーヒー開発局によると、主な原因は「ラナ王朝の統治下における政情不安と、その結果として実施された当時の経済政策*2」だったそうです。「ラナ王朝」は当時の宰相家の俗称で、本来の王家であるシャハ家に代わりラナ家の人間が宰相を代々務め、国政の実権を握っていたことからこう呼ばれたとか。ラナ家による独裁は、1846年から1951年の王政復古まで、100年以上にわたって続きました。

その後、1959年にタライ地方で茶園*3が設立され、1966年にネパール茶開発公社(Nepal Tea Development Corporation)が結成されたことで、ネパールの紅茶産業はようやく息を吹き返しました。さらに、1978年にネパール初の製茶工場がイラム地方に完成すると、周辺地域に茶の栽培が広がっていきました。そして、1993年に国立茶・コーヒー開発局が設立され、現在に至ります。

以上を踏まえると、ネパールの紅茶産業は、歴史自体は長いものの、現在のように本格的な生産が始まってからはまだまだ日が浅いと言えるでしょう。

 

ネパール紅茶の特徴

ここまで繰り返し触れてきたように、ネパールの主な紅茶産地はダージリンの近くに位置しており、ネパールの紅茶はダージリンに似ているとよく言われます。そこで、ダージリンの特徴を簡単に振り返っておくと、クオリティシーズンごとに以下のような特徴が見られます。

 春摘み(ファーストフラッシュ):酸化発酵がやや弱め。緑茶や烏龍茶にも似た青く爽やかな香り
 夏摘み(セカンドフラッシュ:マスカテルフレーバーとも呼ばれる芳醇な風味
 秋摘み(オータムナル:甘みが凝縮した深い味わい

ネパールの紅茶も基本的には上記と同じと思っておけば、おおむね間違いありません。ただ、これはあくまで僕の私見ですが、ネパールの茶園はダージリン以上に茶樹の栽培や製茶工程で工夫を凝らしている印象があります。たとえば「春摘みのような軽やかさを持つ秋摘みの紅茶」や「台湾の文山包種のように華やかな香りを持つお茶」など、既存の分類に当てはまらないバリエーション豊かな茶葉が作り出されています。そのため、「これは春摘みだから軽い、こっちは夏摘みだからコクがある」といった先入観を持たず、それぞれの茶葉の風味をじっくり味わうことをおすすめします。

イラム地方にあるシャングリラ茶園の秋摘みを3種類飲み比べたときの写真。茶園や摘採時期が同じでも、ロットによって水色(すいしょく)や風味が大きく異なります。

 

おすすめの飲み方とフードペアリング

「ネパールの紅茶は風味のバリエーションが広い」と上で説明しましたが、とはいえ全体としては、コクや渋みの強い茶葉よりも繊細な風味の茶葉のほうが多い傾向にあります。したがって、基本的にはストレート向きと思ったほうがよいでしょう。仮に夏摘みや秋摘みの茶葉でミルクティーにするとしても、牛乳は控えめにしたほうがよさそうです。また、アイスティーにも向いています。急冷式でも水出しでもOKです。

フードペアリングについても、基本はダージリンと同じように考えておけばよいでしょう。たとえば、春摘みのような青い風味の茶葉には和菓子類を、夏摘みや秋摘みの茶葉には果物を使ったお菓子を合わせるとよいと思います。これからの季節に食べる機会の多い桜餅や柏餅なども、ネパールの紅茶とよく合うのでおすすめです。

ジュンチャバリ茶園のHMD(ヒマラヤンムーンドロップス)という特別な夏摘みのお茶。香り高く軽やかな風味なので、桜餅などの和菓子ともよく合います。

*1:ちなみに、2022年の静岡県の荒茶生産量が28,600トン、鹿児島県が26,700トンなので、ネパールの茶産業の規模は静岡や鹿児島並みか、それより小さいということになります。

*2:原文は、"The reason for the setback of the Nepal’s young Tea industry was mainly due to political turmoil and resulting economic policies of that period, under the reign of the Rana Dynasty."となっています。

*3:登録名はBhudhakaran Tea Estateだったそうです。