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沸かしすぎたお湯で紅茶を淹れてはいけないのはなぜ?

(最終更新:2023年8月29日)

このブログでも何度か取り上げているように、紅茶を淹れるときのお湯は「汲みたて、沸かしたて」にするのが原則です。この点については、以前ビギナー向けのガイド記事(下記リンク)で次のように説明しました。

teaisbalmforthesoul.hatenablog.com

「汲みたて」とは水道から汲んだばかりの水ということ。一度沸かしたお湯を沸かし直して使ったり、何十分も沸かし続けたお湯で紅茶を淹れたりすると、紅茶の苦味や渋みが強くなりすぎてしまうのです。(中略)

また、「沸かしたて」は文字どおり沸騰直後のお湯を使うということです。紅茶は緑茶とは異なり、100℃に近いお湯で淹れると成分がよく抽出され、美味しく淹れられます。どんなに温度が高くても、魔法瓶や保温ポットに溜めてあるお湯は使わないようにしてください

今回はこの中でも「汲みたて」のほう、つまり「長時間沸かし続けたお湯を使ってはならない」という点について、もう少し詳しく考えてみたいと思います。

 

沸かしすぎたお湯で淹れた紅茶の味や香りについて、日本紅茶協会が編集した『紅茶の大事典』という本には、次のように書かれています。

湯を沸かし続けると水分中の空気が少なくなるため、茶葉は下に沈んでしまい、泥臭くエグい味わいの紅茶になってしまう。(日本紅茶協会(編、2013)『紅茶の大事典』p.15)

「泥臭くエグい味わい」とまで言われると、逆に気になってしまうような……(笑)。とはいえ、一口に紅茶と言っても、香りや味は茶葉ごとに異なるので、沸かしすぎたお湯を使って淹れた紅茶も、実際の風味は茶葉によって変わってくるはずです。

というわけで実験です。今回はディンブラのBOP*1ダージリンファーストフラッシュのFTGFOP*2という2つの茶葉を用意し、沸騰してすぐに火を止めたお湯20分間沸かし続けたお湯で抽出して、味や香りを比較することにしました。

まずはディンブラで比べます。抽出条件は茶葉3g、お湯120ml、蒸らし時間3分です。

見た目にはほとんどわからないと思いますが、右が沸騰直後のお湯で淹れた紅茶、左が20分沸騰させたお湯で淹れた紅茶です。

本来この茶葉は薔薇を思わせる華やかな香気が特徴のはずですが、20分沸騰させたお湯で淹れると、その香気が薄れてしまいました。また、口に含んだ直後の渋みも薄いのですが、口に入れてから少し時間が経つと、舌の裏で不快なエグみを感じるようになりました。「泥臭い」というほどではありませんが、いつまでも舌にまとわりつくような苦味があります。

次に、ディンブラはミルクティーにも向いているので、牛乳を加えた後の味も比べてみます。

牛乳の量はどちらも小さじ2杯です。

ミルクティーにすると、味や香りに大きな差はなくなりましたが、左の20分沸騰させたお湯で淹れた紅茶のほうが、わずかにコクが強くなりました。とはいえ、ほとんど誤差程度の違いであり、単に僕の気のせいという可能性もあり得ます。

続いて、ダージリンファーストフラッシュでも比較しましょう。抽出条件は茶葉3g、お湯120ml、蒸らし時間5分です。

ディンブラのときと同じく、右が沸騰直後のお湯、左が20分沸騰させたお湯です。

このダージリンは草木や花を思わせる多層的な香りが特徴なのですが、20分沸騰させたお湯で抽出すると、その多層的な香りが現れず、甘いだけの単調な香りになってしまいました。しかも、口に含んでしばらくすると、不自然なほど強い苦味が舌の裏に残りました。

以上を踏まえると、「ミルクティーにすると風味の大きな差はなくなるようだが、ストレートティーの香りの単調さや味の不快さを踏まえると、やはりお湯が沸騰したらすぐに火を止めたほうがよい」と言えるでしょう。

 

では、沸かしすぎたお湯で紅茶を淹れると不快な風味が現れるのはどうしてなのでしょうか? 原因としてよく言われるのは「お湯に空気(または酸素)が含まれていないから」というものです。先ほど引用した『紅茶の大事典』には「湯を沸かし続けると水分中の空気が少なくなる」とありますが、それ以外の本にも次のような記載があります(太字は引用者による)。

また、お湯の沸かし方にもコツがある。基本はジャンピングに必要な酸素を十分に含ませることだ。そのためには、1.5リットル以上のたっぷりの水を使い、沸騰した直後に火を止めるとよい。(磯淵猛(2016)『紅茶の教科書 改訂第二版』p.160)

もうひとつのポイントは、お湯を十分に沸騰させること。とはいえ沸かしすぎると空気が逃げてしまうので、直径2~3cmの泡が出てお湯の表面が波打ってきた時点で、素早くティーポットに注ぎましょう。(山田栄(監修、2018)『新版 おいしい紅茶の図鑑』p.185)

また、ここでは引用しませんが、インターネットを検索すると、同様の説明をしている紅茶ブランドや専門店のサイトがたくさん見つかります。そのため、僕も漫然と「お湯の沸かしすぎは空気が逃げるからよくない」と信じ込んでいました。

ところが、紅茶の勉強のためにティーズリンアンという紅茶専門店のブログを読んでいたところ、思わず驚いてしまうような記事(下記リンク)に出会ったのです。

liyn-an.jp

この記事は店主の堀田信幸さんが2016年に開催したワークショップのレポートなのですが、このワークショップでは次のような実験が行われたそうです(原文ママ。太字は引用者による)。

次に体験していただいたのは、「本当に酸素は紅茶をまろやかにしているのか?」という疑問。

これは沸かし続けて空気の抜けたお湯に酸素と二酸化炭素を吹き込み、「酸素が極端に多いお湯」と「二酸化炭素が極端に多いお湯」を作り出し、「沸かしたてのお湯」の3種類のお湯で紅茶を淹れて飲み比べをしてみます。

二酸化炭素をたっぷり含んだお湯で淹れた紅茶は沸かしたてのお湯で淹れた紅茶のように美味しく飲むことができます。

が、酸素の多いお湯で淹れた紅茶は淹れたばかりの時には美味しいのですが、少し置いておくと凄く渋くなってしまうのです。

ある意味、しっかりしたボディーを作り出しますから、紅茶の旨味が凝縮したとも言えるのですが、とにかく渋い方向へ変わっていきます。

お湯に酸素を吹き込めば美味しい紅茶が淹れられると思いきや、実際は渋くなりすぎてしまうと言うのです。これは「お湯の沸かしすぎはよくない」という紅茶業界の常識と矛盾しているように感じられます。

「この矛盾をどう解釈すればよいのかなぁ……」と悩みつつ、さらにいろいろ調べていると、「エンジニアのメソッド」というサイトで「水道水を煮沸させるとアルカリ性になる理由」という記事を見つけました。

engryouri.net

本当はこの記事を全文引用したいくらいなのですが、そうすると長くなりすぎてしまうので、今回は「はじめに」と「おわりに」の部分だけを以下に引用します。まずは「はじめに」です。なお、太字の部分に含まれる「遊離炭酸」とは、水に溶けている炭酸ガス、つまり二酸化炭素のことです(太字は引用者による)。

水道水を煮沸し続けるとアルカリ性に傾くという話を聞いたことはありませんか。

ネットで検索すると、自由研究のネタで色々な液体のpHを測定したところ、沸騰させた水のpHがアルカリ性になるという話は出てきます。また、最近だと某調理器具の開発チームがnoteで分析して迷宮入りしていました。

不思議に思われるかもしれませんが、pHがアルカリ側になるのは遊離炭酸を除去した結果、水酸化物イオンが生成したためです。平衡反応の話なのでしっかりやると計算がゴリゴリ出てきて見るだけでもぐったりしてしまいます。今回はそうならないようにあまり数式を使わずに定性的な解説をします。

続いて「おわりに」の部分です(太字は引用者による)。

水道水の遊離炭酸を除去すると、pHはアルカリに傾きます。これは遊離炭酸が除去されるときに水が解離した水素イオンを消費し、水酸化物イオンが蓄積していくためと考えられます。

和食の出汁取りで水を煮沸させてはいけない理由やコーヒーやお茶で沸かし直した湯で淹れると美味しくないことが経験的に知られているのは、pHがアルカリ側に傾き、これらの調理や操作と相性が悪いためと考えられます

抽出はお湯を沸かしすぎないように注意しましょう。

以上を踏まえると、ティーズリンアンの堀田さんの実験結果は次のように解釈できるのではないかと思われます。

  • 空気が抜けた後に二酸化炭素を吹き込んだお湯で紅茶を淹れると美味しくなるのは、二酸化炭素によってお湯がアルカリ性から中性に戻ったから*3
  • 一方、酸素は元々水に溶けにくく、溶けたとしても中性を示す。そのため酸素を吹き込んだお湯はpHが変わらず、ただ沸かしすぎただけのお湯とほとんど同じ状態となり、紅茶の渋みや苦味を引き出しすぎてしまった。

というわけで、沸かしすぎたお湯で紅茶を淹れてはいけないのは、空気や酸素というより、二酸化炭素(遊離炭酸)が抜けてお湯がアルカリ性に傾いているからではないかと考えられますが、理由は何であれ、紅茶を淹れる際にお湯を何十分も沸かし続けたり、一度沸騰させたお湯を沸かし直して使ったりしないほうがよいのは変わりません。自分で紅茶を淹れる際は、お湯の管理に十分注意するようにしましょう。

*1:茶葉の等級に詳しくない方のために補足すると、やや細かめのサラサラとした茶葉です。

*2:こちらはかなり大ぶりの茶葉です。

*3:二酸化炭素は水にやや溶けやすいので、「下手をするとお湯が酸性になってしまうのでは?」とも考えたのですが、温度が高いので気体の溶解度が下がり、二酸化炭素が溶けすぎなかったのだろうと思われます。