3月に入り、冬の終わりが見えてきたとはいえ、まだまだ寒い季節は続きます。気温が低い日には温かい紅茶が飲みたくなるものですが、冬は他の季節以上に紅茶を淹れるお湯の温度管理に気をつけなければなりません。
このブログでも再三お話ししているように、紅茶を淹れるときは沸かしたての熱湯を使うのが基本ですが、もうひとつ注意しなければならないことがあります。それは茶器の予熱をするかどうかです。今回は茶器の予熱の有無で紅茶の味や香りがどう変わるのかを検証していきます。
どうして紅茶は熱湯で淹れるのか
茶器の予熱について語る前に、まずはお湯の温度管理に気をつけなければならない理由を改めて確認しておきましょう。
そもそも「お茶を淹れる」という行為は、端的に言えば「茶葉に含まれる各種成分をお湯(などの溶媒)に抽出すること」と定義できます。ここで言う「各種成分」は、次の3つに大きく分類できます。
この3つのうち、1.と2.についてはお湯の温度が高ければ高いほどよく抽出できると言われています。つまり香りが良く、味がしっかりした紅茶を飲みたければ、できるだけ高い温度のお湯を使ったほうがよいということです。
一方、3.については、抽出時間が長ければ長いほどよく抽出されると言われています。ティーバッグで紅茶を淹れるときに「もうお湯に色が着いたからいいよね」と言って、さっさとティーバッグを引き上げてしまう人がいますが、これでは美味しい紅茶は飲めないということですね。
茶器を予熱しないとお湯の温度はどれだけ下がる?
「紅茶は熱湯で淹れる」という原則を改めて確認したところで、ではどうしてお湯だけでなく茶器についても気を使わなければならないのでしょうか? その理由は茶器に注いだ瞬間、お湯の温度が下がるという点にあります。
一般常識だろうとは思いますが、高温の物体と低温の物体が接触すると、高温の物体の温度が下がり、低温の物体の温度が上がります*1。そして熱湯と茶器のどちらの温度が高いかと言えば、当然ながら熱湯ですよね。一般家庭で茶器を100℃に熱することはまず不可能であり、仮にできたとしても100℃の茶器は熱くて持てないので、お茶を淹れるどころではありません。したがって、普通の家庭でお茶を淹れる際は、お湯の温度が100℃からどうしても下がってしまいますが、茶器を事前に温めておけばお湯の温度低下を抑制できるため、紅茶の味や香りを十分に引き出しやすくなると考えられます。
そこで実験です。まずは茶器を予熱した場合とそうでない場合で温度の下がり幅にどれだけの差が出るのかを比較しました。
予熱なしのマグカップに熱湯を注ぐと、87.2℃まで下がる。お湯を捨てて、もう一度熱湯を注ぐと、93.8℃までしか下がらない。6.6℃の差。これが紅茶の風味を左右する。 pic.twitter.com/1jout7waAU
— nao(aka 紅茶が飲みたいユーリ) (@7288ayoan) 2024年1月15日
実際の数字は室内の気温によっても変動すると思いますが、茶器を予熱した場合としない場合でお湯の温度に大きな差が出るのは間違いないでしょう。
実際に比べてみた
では、この温度差で紅茶の風味がどう変わるのでしょうか? 2つの紅茶を使って比べてみます。
ひとつはダージリンオータムナルです。今回はシーヨク茶園の2023年の茶葉を使います。茶葉2.5g、熱湯約120ml、3分抽出という条件は揃えつつ、茶器の予熱の有無だけ変えます。
写真だとわかりにくいかもしれませんが、左は右よりも水色が薄くなっているほか、茶殻も開ききっていないように見えます。香りや味に関しても、右の予熱ありと比べ、左はどこかぱっとしません。本来この茶葉は辛口の白ワインのような香りと火入れの香ばしさがあり、適度な渋みも感じられるはずですが、予熱がないと香りや味わいが薄れてしまうようです。
さて、もうひとつはケニア紅茶です。今回は日本ケニア交友会の「ケニア産の紅茶」PF1を使います。茶葉2.5g(ティーバッグ使用)、熱湯約120ml、2分抽出という条件は揃えつつ、先ほどと同じように茶器の予熱の有無だけ変えます。また、ケニア紅茶はミルクティーにも向いているので、ストレートで飲んだ後に牛乳を10mlずつ加えてみます。
ミルクを入れないストレートティーの場合、ダージリンオータムナルほどの大きな差は感じられません。右の予熱ありのほうが香りや渋みが強い気はしますが、誤差程度の差しかないと思います。茶葉が細かく、抽出が速いので、大きな差は生まれないのかもしれません。
一方、ミルクティーにすると、予熱ありのほうが明らかにコクが強くなります。やはり茶器の予熱をしたほうが紅茶の味を強く引き出せるということがわかります。
何事にも例外はある
以上を踏まえると、「紅茶を淹れるときは必ず熱湯を使いましょう」と結論付けたいところですが、何事にも例外はあります。
そのひとつがダージリンやネパールの春摘み紅茶です。ダージリンやネパールの紅茶は新芽の部分が比較的多く含まれていますが、新芽の部分はカフェインが多いので、熱湯で抽出すると苦味や渋味が強くなりすぎてしまう恐れがあります。しかも、春摘みの紅茶は酸化発酵の度合いが浅く、カテキン類の酸化重合があまり進んでいないため、渋味の成分がやや多めに残っています。こうした茶葉を熱湯で淹れると、やはり渋味を引き出しすぎてしまうと考えられます。
試しにギダパハール茶園のファーストフラッシュを使って比較してみましょう。抽出条件は茶葉2.5g、熱湯120ml、浸出時間2分半です。
左の予熱なしの紅茶は、口に含むと最初に甘味やうま味を感じ、その後に青みや苦味がやって来ます。総合すると、ほろ苦くバランスのよい味わいだと言えそうです。一方、右の予熱ありの抽出液は甘味がやや弱くなり、苦味や渋味が強調されているように感じます。香りもよく立っているので、輪郭がはっきりしているとも言えますが、人によっては苦すぎて飲めないかもしれません。
さらに、人によってはフレーバードティーを淹れる際も注意したほうがよいかもしれません。最初に説明したとおり、茶葉の渋味や苦味はお湯の温度が高ければ高いほど強くなりますが、フレーバードティーの香料は100℃に近い温度でなくても大部分がお湯に溶けだします。そのため、渋味や苦味があまり得意でない人は、あえて茶器の予熱をせずにフレーバードティーを淹れるのもありだと思います*2。
ものは試しということで、最後にフレーバードティーの比較実験もしておきましょう。今回はルピシアの「ゆめ」というストロベリーやバニラの香りの紅茶を使います。茶葉の量は2.5gで、約120mlの熱湯を使って3分ずつ抽出します。
実際に淹れてみると、イチゴやバニラの香りが強いのはどちらも同じですが、右の予熱ありのほうはベースの茶葉の甘味や渋味がきちんと感じられます。一方、左の予熱なしのほうは、悪く言えば味がぼやけていますが、良く言えばマイルドで口当たりがソフトになっています。紅茶の渋味が苦手な人であれば、予熱なしのほうが美味しく感じるのではないかと思います。
というわけで、今回は茶器の予熱の有無が紅茶の風味に与える影響について考えてみました。結論としては、「基本的には予熱をしたほうがよいが、茶葉の形状や自分の好みなどに応じて微調整が必要な場合もある」といったところでしょうか。紅茶を美味しく淹れられなかったときは、今回の記事を参考にして、淹れ方を工夫してみることをおすすめします。