もうすぐエイプリルフールということで、今年は久しぶりにファクトチェックの記事を投稿しようと考えていました。今回のテーマは紅茶の「発酵」にまつわる話で、3月の前半に記事を書き終え、4月1日に投稿する予約まで完了していました。
が、その数日後、X(旧Twitter)のお茶界隈の人たちがざわつく出来事がありました。それは「とほほのお茶・紅茶入門」です。
恥ずかしながら、僕はこれまで存じ上げなかったのですが、こちらの「とほほ」さんという方はWeb作成関連の情報をまとめたサイトを運営されています。また、Web関連の情報に限らず、それ以外の分野の情報もいろいろとまとめておられるそうで、今回の「お茶・紅茶入門」もそのひとつだったようです。
ところが、その内容が誤謬だらけだったということで、お茶好きの皆さんから総ツッコミを受けてしまいました。特に中国茶アナリストのあるきちさんが運営されているティーメディアのブログには、非常に詳しい検証記事が投稿されています。
今回はそれに続く形で、紅茶の章に関して検証していきます。ただ、細かいところをすべて挙げていたら記事が長くなりすぎてしまうので、この記事では特に気になった4つの点に絞りたいと思います。
- 紅茶の色ってそんなに赤くないですよね
- 紅茶のブレンドや香り付けは「飲み方」ではないのでは?
- どこの産地でも「ファーストフラッシュ」と言うわけではないんです
- どうせなら自分で挙げた産地くらいは紹介してもよいのでは?
紅茶の色ってそんなに赤くないですよね
と言いつつ、いきなり冒頭からツッコミを入れます(汗)。なお、太字は引用者によるものです(以降も同様)。
Wikipediaでは「茶葉や茶の芽を萎凋(乾燥)させ、もみ込み、完全発酵させ、乾燥させたもの」と紹介されています。あまり発酵させなくても紅茶に分類したりなど、ISOの分類法によると少し定義が変わっているかもしれません。お茶の色はおおむね紅色をしています。インド、スリランカ産のものが多く欧州でも広く飲まれています。
「紅茶」という名前が赤色の水色から来ているというのは確かにそのとおりですが、実際はきれいな赤色の紅茶って、そんなに多くないのですよね。たとえば、ダージリンやネパールの春摘み紅茶は、他のシーズンと比べて水色が淡くなることで知られています。また、クオリティシーズンのニルギリやヌワラエリヤ、あるいは国産紅茶も黄金色やオレンジ色の水色を呈する場合があります。
また、上記の紅茶よりもっと水色が濃かったとしても、赤色というよりはむしろ褐色に近いものが多いのではないかと思います。もちろん多少の赤味を帯びている紅茶もありますが、見るからに綺麗な赤色の紅茶はさほど多くないように思われます。
もし「紅茶はおおむね紅色をしている」と説明してしまうと、「紅茶とは抽出液が赤いお茶のことである」という誤解を招きかねないのではないでしょうか。たとえば、台湾の東方美人は紛れもない烏龍茶ですが、酸化発酵の度合いが高く、水色が赤色に近くなる場合もあるため、「紅茶と似たようなものでしょ?」と考えている人もいます。こうした誤解を防ぐためにも、紅茶とは何かを説明するときに、そもそも水色に触れる必要はないと思います。
紅茶のブレンドや香り付けは「飲み方」ではないのでは?
冒頭の部分からツッコミを入れてしまいましたが、その次の「飲み方」の節もあまり適切とは言えません。ここでは紅茶の「飲み方」として次の8つが挙げられています。
個々の説明もだいぶ怪しい*1のですが、それ以上に明らかにおかしいのは、太字にしたブレンドティーとフレーバーティーです(なお、以降は「フレーバードティー」と表記します)。というのも、この2つは紅茶の飲み方というより、紅茶商品の分類を指していると考えたほうが適切だからです。
もう少し平たく言い換えると、ストレートティーやアイスティーなどは「お店で買ってきた茶葉をどう淹れて飲むか」を指していますが、ブレンドティーとフレーバードティーはその前段階の「お店で売られる紅茶商品をどう作るか」を指すと言えます。つまり、この2つだけ他とはカテゴリが違うのです。カテゴリが違う以上、上のように並列扱いにするのは適切ではないと思います。もしこの2つを挙げるなら、それぞれ独立した節を(たとえば「茶葉のグレード」の後あたりに)作って解説すべきです。
どこの産地でも「ファーストフラッシュ」と言うわけではないんです
「収穫時期」の節の文面も、誤解を招きかねないと言わざるを得ません。以下に引用します。
お茶は一番茶、二番茶などと呼びますが、紅茶は収穫時期によって下記の様に呼ばれます。早ければよい訳ではなく、茶葉によって適した期間が異なり、それぞれの茶葉のクオリティーシーズンと呼ばれます。
この文章を紅茶に詳しくない人が読んだら、「どこの産地の紅茶でも、収穫時期によってファーストフラッシュやセカンドフラッシュなどと分類する」と解釈してしまうと思われます。しかし、上記の説明はダージリン、ネパール、アッサムといった一部の産地にしか当てはまりません*2。それ以外の産地では、クオリティシーズンが年に1~2回しかない場合もあれば、そもそも明確なクオリティシーズンがなく、年間を通じて安定した量の茶葉を収穫できる場合もあります。こうした産地では、クオリティシーズンを1回目、2回目と区別する必要がないため、当然ながら「ファーストフラッシュ」「セカンドフラッシュ」などとは言いません。
ついでに言うと、上の文章は「クオリティシーズン以外に茶葉は摘まない」とも解釈できそうですが、クオリティシーズン以外の時期でも茶摘みは行われています。たとえば、ダージリンはセカンドフラッシュとオータムナルの間に雨季を迎えますが、雨季になると茶葉の成長速度が速くなるため、茶葉の摘採が何度も行われます。ただ、茶葉が養分を溜め込む前に成長してしまうため、クオリティシーズンの茶葉と比べると品質は落ちます。
どうせなら自分で挙げた産地くらいは紹介してもよいのでは?
最後は誤りというわけではないのですが、「ちょっともったいないなぁ」と思ったところを指摘させていただきます。
「紅茶の種類」の節では、主な紅茶の種類として次の5つが挙げられています。
産地別の紅茶とフレーバードティーが並列になっているのも気になるところですが、それ以上に気になったのは、記事中で紹介されている茶葉が網羅されていないことです。たとえば、スリランカのキャンディ、ルフナ、サバラガムワ、そして中国のラプサンスーチョン(正山小種)も記事の中で取り上げられていますが、残念ながら「紅茶の種類」の節では紹介されていません*3。せっかく名前を出した銘柄くらいは個別に解説してもよさそうに感じます。
また、そうでなくてもインド(ダージリン、アッサム)やスリランカのハイグロウン(ウバ、ヌワラエリヤ)の産地に偏っていることを踏まえると、他の国や地域の紅茶産地にも触れたいところです。たとえば、同じスリランカのハイグロウンの産地でも、ウバやヌワラエリヤには何度も触れているのに、ディンブラは名前すら出てきません。しかし、ディンブラは「紅茶らしい紅茶」とよく言われるくらいスタンダードな紅茶であり、入門者に紹介する産地としては欠かせないと思います。
さらに、現代の紅茶事情について語るなら、ケニアをはじめとする東アフリカの産地も忘れるわけにはいきません。というのも、東アフリカでは紅茶の生産量が増加してきており、特にケニアはインドに次いで世界第2位の紅茶生産量を誇ります*4。日本でもブレンドティーの原料としてよく使われているので、ケニアなどのアフリカ産紅茶についてもぜひ取り上げていただきたいと思います*5。
というわけで、「とほほのお茶・紅茶入門」の紅茶の章から気になるところを4つ指摘させていただきましたが、それ以外の部分についても語弊のある箇所や説明不足の箇所が多く*6、入門者向けのコンテンツとしては到底おすすめできません。入門者の皆さんには、専門家が手がけた本やコンテンツを見ていただきたいところです。
……と言いたいところなのですが、業界団体や大手ブランドが関与しているコンテンツでさえ、誤りを含むものが少なくないんですよね。それどころか、マーケティングのために誤った情報を広めたり、消費者をミスリードしたりしている節すらあります。そういう意味では、紅茶業界全体が「とほほ」さんのことを笑えないでしょう。今回の件をきっかけに、「正確な情報を発信しよう」という意識が業界に広がればよいのですが……そうはならないだろうなぁ…………。
*1:特にブレンドティーの項で「ロイヤルブレンド」が挙げられていますが、これはフォートナム・アンド・メイソンという英国のブランドが作ったブレンドです。他のブランドに同名のブレンドがあったとしても、原材料となる茶葉の産地や配合はそれぞれ異なります。
*2:なお、アッサムはファーストフラッシュやオータムナルが出回ることはあまり多くありません。基本的には夏摘みのセカンドフラッシュがクオリティシーズンと呼ばれます。
*4:輸出量にいたっては世界トップです。
*5:付け加えると、近年は国産紅茶がにわかに盛り上がりを見せているので、その点にも触れていただければ嬉しいのですが、国産紅茶に関してはきちんとまとまった正確な情報が手に入りにくいので、難しいだろうなぁとも思います……。
*6:ついでに言うと、誤字や表記揺れが多いのも気になります。