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ムジカティー監修の紅茶本に間違いが書かれていた件

2022年11月、ある紅茶の入門書がKADOKAWAから出版されました。その名も『MUSICA TEAに教わる紅茶の楽しみ方』。日本で最も歴史の長い紅茶専門店と言われるMUSICA TEA(ムジカティー)が監修したということで、紅茶好きの間では発売前から話題になっていました。当然、僕も発売されたその月のうちに購入し、さっそく読んでみました。

www.kadokawa.co.jp

……が、どうもおかしい。僕は紅茶を飲み始めてまだ10年ちょっとの素人ですが、そんな僕でも「いやこれは明らかにおかしいでしょ」とわかるような記述がいくつも見つかったのです。

 

本書のどこが間違っているのか

本書の中で誤りを含む箇所は「茶葉の産地と特徴」という章に集中しています。僕が気づいた箇所は全部で3つです。

1. セイロンティーの生産量

まずは紅茶に詳しくない人でも気づきやすい誤りとして、セイロンティースリランカ紅茶)の生産量に関する記述を見てみます。ディンブラの特徴を述べたページ(p.52)には、次のような記述があります(以降の引用で太字はすべて引用者による)。

標高1200~1700m、ヌワラエリヤより少し標高が下がった高地の、西側のなだらかな斜面に茶園が広がっています。スリランカの中で最も生産量が多く、1870年代にコーヒーに代わってスリランカで最初に紅茶が栽培された地域のひとつとしても有名です。

一方、ルフナの特徴をまとめたページ(p.55)には、

セイロン紅茶の約60%がルフナで生産されているといわれ、1年中安定したクオリティで生産されています。

という文があります。もうお気づきかと思いますが、パーセント(百分率)の合計が100である以上、割合が50%を超えている産地(=ルフナ)は自動的に生産量が最も多くなるはずです。にもかかわらず、「ディンブラ紅茶の生産量が最も多い」と説明するのは明らかに矛盾しています。

実際はどちらが正しいのかと言うと、スリランカ最大の紅茶産地はルフナです。ルフナ紅茶で有名なカレルチャペック紅茶店のブログにも、「ルフナはセイロン紅茶の生産量の約60%を占めてい」るとあります。まあ、この数字はサバラガムワも含めたローグロウン全体なのではないかという気もしますが、仮にそうだったとしても、生産量が最も多い地域がディンブラではないということに変わりはありません。

 

2. トーマス・リプトンが所有していた茶園の名称

次は紅茶ブランド「リプトン」の創業者としても知られるトーマス・リプトン*1が所有していた茶園について、p.59に次のような記載があります。

ウヴァ

ダベテーンナ茶園バンターラエリヤ」

スリランカの茶業を繁栄に導いたのがサー・トーマス・リプトン。彼が所有していた茶園のひとつがウヴァにあるダベテーンナ茶園です。ここには彼が住んでいたバンガローがあります。英国スタイルにしつらえられたエレガントなバンガローを見ると紅茶王と呼ばれたリプトンの暮らしぶりがわかります。

なお、この文章の上にはバンガロー内部の写真が小さく載せてあります。

さて、ここで注目したいのが「ダベテーンナ」という茶園の名称です。「トーマス・リプトンが所有していた」という記述から、Dambatenne Tea Factoryを指していると思われますが、日本では「ダンバテン」という表記が一般的に用いられています。たとえば、東京・吉祥寺の紅茶専門店チャイブレイクのブログ記事には、以下のような箇所があります。

旅のメインはもちろん、ウバの製茶工場訪問。前回当店のために製茶をしてくれたハプタレー茶園、そして紅茶王トーマス・リプトンが所有していたダンバテン茶園を訪れます。

また、この記事にはダンバテン茶園のバンガロー内部の写真が掲載されていますが、そこに写っているバンガローの内装が本書p.59の写真と一致しているのです。したがって、本書で「ダベテーンナ」という名前で紹介されている茶園が日本では「ダンバテン」と呼ばれているのは間違いないと言えます。では、「ダベテーンナ」という奇妙な名称はどこに由来するのでしょうか? 少なくとも本書からは判断できません。

 

3. 中国紅茶の歴史

最後はp.70で概説されている中国紅茶の歴史です。最初の段落を以下に引用します(ルビは原文準拠)。

茶の原産地は中国雲南省を中心とする広い地域。中国で紅茶の生産が始まったのは18世紀のこと。当時、茶の主な輸出国、イギリスでは肉食主体の食生活が送られていて、脂肪、たんぱく質の消化を促進し、口の中をさっぱりさせる発酵茶が求められていました。そこで安徽省(あんきしょう)西南部の祁門(キーマン)工夫茶(コングー)の生産が始まりました。このお茶は品質がよくたちまち国内外の評判を得て高値で取引されました。このように中国の紅茶は、紅茶の前身というべきウーロン茶を進化させることで誕生したといわれています。

この段落をまとめると、「中国紅茶の生産は18世紀に安徽省の祁門で始まった」と読み取れると思いますが、中国で紅茶の生産が始まった土地は祁門ではありません。中国紅茶の発祥については諸説ありますが、たとえば中国茶専門店HOJOのブログには、次のような記述があります。

中国におけるお茶の歴史を調べると、1600年代前半までは緑茶が中心であり、殺青→揉捻→乾燥(焙煎)という工程で作られておりました。ところが、1600年中盤になると、潮州や武夷山において、烏龍茶や紅茶などの発酵茶が開発されました。これらのお茶は従来の緑茶と異なり、萎凋発酵作業を伴い、更に、お茶の香りをより引き立てるために、100℃以下の温度で6〜24時間ベイキングを行う、炭焙という技術が用いられました。工夫茶の発祥ですが、福建省武夷山とも潮州の鳳凰山とも言われておりますが、様々な歴史書を見る限り、ほぼ同時発生的に生まれた可能性が濃厚です。

また、2015年にルピシアが発行した『お茶を楽しむ』という本のp.64には、中国紅茶の歴史について、次のように説明されています。

紅茶はもともと、福建省産の烏龍茶の一種が原形と言われています。17~18世紀にヨーロッパへの輸出向け商品として発達・発展し、現在の姿になりました。19世紀に生産が始まった安徽省の祁門紅茶は、世界三大銘茶の一つに数えられています。

上の引用にもあるとおり、祁門で紅茶の生産が始まったのは19世紀です。もう少し厳密に言うと、以前キームン紅茶の記事(下記リンク)でも書いたとおり、祁門で紅茶が作られるようになったのは1875年(または1876年)と言われています。それより以前から紅茶などの発酵茶が福建省をはじめ中国各地で作られていたことを踏まえれば、本書の記述は誤りであると言わざるを得ないのです。

teaisbalmforthesoul.hatenablog.com

僕が気づいたのは以上の3点です。「茶葉の産地と特徴」以外の章には誤りは含まれないと思います(が、気づいた方がいらっしゃったら教えてくださると幸いです)

 

KADOKAWAによる訂正

以上の3点について、本書の記述が本当に正しいのかどうかを確認するべく、昨年(2022年)の年末にKADOKAWAのカスタマーサポートに問い合わせました。先方と何回かやり取りした結果、最終的に次のような回答を得ました。

  • スリランカの紅茶生産量については、監修者が改めてスリランカ紅茶局の関係者に確認を取ったところ、生産量が最も多い産地はルフナだと確定した。
  • 「ダベテーンナ」という表記については、現地の茶園オーナーに確認したところ、「ダッマテンナ」という表記が正しい。
  • 中国紅茶の歴史に関する記述は、以下のとおり修正する。
    福建省武夷岩茶を進化させて作られた紅茶、ラプサンスーチョン(正山小種)は1870年代にはヨーロッパのマーケットで一世を風靡しました。また、1870年代半ばごろ安徽省西南部の祁門でも工夫茶の生産が始まりました。このお茶は品質がよくたちまち国内外の評判を得て高値で取引されました。このように中国の紅茶は、紅茶の前身というべきウーロン茶を進化させることで誕生したといわれています

2点目の茶園名についてはまだ怪しい気もしますが、ここで大事なのはKADOKAWAが本書の誤りを認めて訂正したという事実です。

 

誤りの原因と責任は誰にあるのか

それでは、どうしてこのような誤りが本書に記載されてしまったのでしょうか? 実はこの本、表紙に「監修:MUSICA TEA」と書かれていることからも推測できるように、ムジカティーの人が自分で直接書いたわけではありません。その証拠に、p.11には次のような記載があります。

編集協力 堀江敏樹、堀江勇真、堀江加奈子、加藤雅子、笹岡瑠輝

(中略)

取材・文 今津朋子

つまり、この今津朋子という人*2がムジカティーに取材し、その内容を踏まえて執筆した本だと考えられるのです。もちろんムジカティー側も出版前に一度は目を通しているだろうだとは思いたいのですが、本書の文章を書いた本人は紅茶を本業にしているわけではないと推測されます。

とはいえ、「監修」として名を連ねているうえ、本書の帯に堂々と堀江勇真氏の写真が載っている以上、ムジカティーにも責任があると言わざるを得ないでしょう。日本有数の紅茶専門店が監修に付いているとあれば、本書の内容は信頼できると誰もが思うはずです。

本書の購入時に付いてきた帯。左側の人物が3代目代表の堀江勇真氏です。

しかし、いちばんの責任があるのは、最終的に出版の判断をした編集者とKADOKAWAでしょう。最初に指摘したセイロンティーの生産量に関する矛盾すら修正されていなかった以上、まともな校閲をしなかったことは容易に想像がつきます。個人での情報発信であればともかく、KADOKAWAのような大手メディアには読者に正確な情報を提供する責任があると思いますが、KADOKAWAはその責任を放棄していると言わざるを得ません。

しかも、僕が本書の誤りを指摘してから9か月以上が経っているにもかかわらず、未だにKADOKAWAから訂正の告知が出ていませんGoogleのサイト内検索機能でKADOKAWAの公式サイトを検索したほか、X(旧Twitter)のツイートも検索しましたが、やはり訂正のページや投稿は見つかりませんでした。重版や増刷の際にしれっと訂正するつもりなのかもしれませんが、だとしたら発売直後に本書を購入した後、間違いに気づいていない読者に対してあまりにも不誠実ではないでしょうか?

 

というわけで、きちんとした入門書は他にいくらでもありますし、中身が明らかに間違っている本をわざわざ選ぶ必要はありません。すでに本書を購入してしまったという方も、まだ本書を買っておらず、読もうかどうしようか迷っているという方も、別の本で学ぶことをおすすめします。

*1:なお、正しくはトーマス・ジョンストン・リプトン(Thomas Johnstone Lipton)です。

*2:LinkedInのプロフィールによると、フリーランスのライターをされているそうです。